雪が、降っている。
この土地では、この程度の天候の変化でさえ世界から自由は奪われてしまう。
世界はひどく静かだった。
明日のことを思い、劉鳳は空を見上げる。
真っ暗な空からは後から後から雪が降ってくる。
世界を覆いつくすように、世界を隠すように。
白くなって、何も見えなくなってしまう。
自分の目の前から、世界がなくなってしまう。
「・・・・・・・・・・・・」
口には出来ない感情が突然あふれて、劉鳳は目をつぶってかぶりを振った。
何故、こんな気持ちになってしまうのか?
元から余り暖かくない指先が、ほぼ感覚を失うほど冷えている。
ほんの少しの暖を求めて、口元に寄せたそれはまるで氷のようだ。
背中に走る寒さに、身を竦める。
酷く、寒いような気がする。
体調がすぐれないのかもしれない、と制服の上にまとった布の胸元を引き上げた。
どこか、雪をしのげる場所を。
真紅の瞳は白一色に染まり行く世界の中を、懸命に見つめるのだった。
瓦礫の山から辛うじて建物らしき形を保っているものを見つけて、劉鳳はそこで休息をとることにする。
雪も、体調も、自分が行動できぬほど酷いわけではない、でも動かないほうがいいと思う。
自分の感覚が人の範疇よりも鋭敏になっているのが分かる。
これだけ静まり返っていれば、何をしていても胡乱な気配はすぐに分かるはずだ。
この気に乗じて本土か何か仕掛けてこようとも、遅れをとることなんてありえない。
だから今のうちに休息をとっておくのも間違ってはいないはずだ。
首筋に触れた自分の手が冷たい。
あの男は、痕をつけるのが好きで、劉鳳が嫌がってもそれを止めてくれることはなかった。
特に左耳の斜め下の辺りをキツク吸う癖があって、一緒にいたころは痕が消えたことは無かった。
もう残ってはいないのに、残っているはずがないのに、つい気にして、左手が触れている。
少し乱れた息遣いも触れてくる唇の感触も、思い出そうとしなくても、つい今しがたのことのように、覚えている。
あの男と離れてから、どれ位経つかなんて、数えているわけがなく。
数えてしまったら、言葉に出してしまったら、あのときの自分達を否定することになってしまう気がして、気にすることは出来ない。
一段落着いてしまえば、一緒にいる理由なんてなくて、それを考える理由もなくて、伝える勇気もなかった。
道は永遠に平行線をたどり、交わることがない。
行きたい先はきっと同じなのに、たどり着くことはきっと出来ないのだと思う。
やるせない。
こんなことを考えているのは、きっと自分ひとりなのだろう。
愚かだ、分かっている、どうしようもない位愚かなのだ。
気持ちや言葉、色々なものが喉に詰まって息が出来ない。
溺れた者のように。
大きく割れたコンクリートの穴から外が見える。
真っ白だ。
それ以外何も見えない。
目の奥が微かに痛くて熱い。
視界が、世界がゆがむ。
ああ、体調がすぐれない所為だ。
この感情は。
正さなくてはいけない、体調も、感情も。
しゃがみ込んだ身体を小さく丸めて、劉鳳はぎゅうっと瞳を閉じる。
考えることをやめる。
涙など流さない。
言葉を飲み込む。
ワスレラレラレナイ、アナタヲ。
end